1.雅歌のキアスムス

雅歌を文学的に読むと、繰り返される言葉や場面、対称的な配置が目につきます。そのため、雅歌にはしばしば「キアスムス」、すなわち交差配列が存在すると説明されます。

例えば雅歌2:8-17は、一つの例として次のように整理することができます。

A 2:8-9 愛する者がやって来る
 B 2:10-13 女への呼びかけ
  C 2:14 女の姿と声を求める
 B’ 2:15 ぶどう畑をめぐる呼びかけ
A’ 2:16-17 愛する者についての告白と移動

確かに、冒頭と末尾には「愛する者」の姿と動きがあり、その内側には呼びかけが置かれています。したがって、中心の2:14が強調されていると読むことも可能です。

もう少し大きな単位を見ると、雅歌にはさらに興味深い反復があります。

2:7、3:5、8:4には、「エルサレムの娘たちよ」という呼びかけとともに、「揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛がそうしたいと思うときまでは。」というリフレインが現れます。また、男女の相互所属を表す言葉も変奏されながら繰り返されます。

2:16「私の愛する方は私のもの。私はあの方のもの」
6:3「私は私の愛する方のもの。私の愛する方は私のもの」
7:10「私は私の愛する方のもの。あの方は私を恋い慕う」

さらに3:1-4と5:2-8には、夜、女が愛する男を探すという類似した場面があります。

 こうした対応に注目して、雅歌全体についても大規模な同心円的構造を想定することが可能です。しかし、ここで一つの問題が生じる。このような構造は、本当に作者が作品の中に組み込んだものなのだろうか。それとも、後世の読者が本文を整理した結果、そう「見える」ようになったのだろうか。という問題です。

 この問いは、雅歌だけではなく、聖書におけるキアスムス一般を考えるうえで重要な問題です。(以下は、YouTubeでご覧ください。➡こちら