旧二子玉川聖書学院

学舎長ブログ

学舎長ブログ

第11回 サムエル記第二12章 旧約と新約は「別物」ではない——ナタンとパウロが語る、変わらない愛と原則

私たちは時々、「旧約聖書は『怒りの神』、新約聖書は『愛の神』なのでは?」と考えてしまうことがあります 続きを読む

投稿者:二子玉川聖書学院・パスターズスクール 投稿日時:1年2025年9月22日前
学舎長ブログ

第10回 サムエル記第二11章を巡るレイワルトー聖書の文学修辞法—

聖書を読んでいて、「同じ言葉が何度も繰り返されているな」と感じたことはありませんか?実は、これは偶然 続きを読む

投稿者:二子玉川聖書学院・パスターズスクール 投稿日時:1年2025年9月19日前
学舎長ブログ

第9回 サムエル記第二7章とディスペンセーション神学の終末論、釈義的原則から読み直してみる。

1.なぜ2サムエル記7章を終末論と関連づけて読むのか 2サムエル記7章は、神学的に多くの議論を呼ぶ箇 続きを読む

投稿者:二子玉川聖書学院・パスターズスクール 投稿日時:1年2025年9月16日前
学舎長ブログ

第8回 サムエル記第二6章「ミカルはなぜダビデを軽蔑したのか?――聖書の物語と時代の価値観をどう読むか、フェミニスト神学の視点を参考に」

1.はじめに 旧約聖書のサムエル記第二6章には、こんな場面があります。ダビデ王が契約の箱をエルサレム 続きを読む

投稿者:二子玉川聖書学院・パスターズスクール 投稿日時:1年2025年9月13日前
学舎長ブログ

第7回 サムエル記第一2章 なぜ「ヘブロンへ行け」だったのか?――唐突に見える地名の意味を探る

1. 読者の疑問:「なぜヘブロン?」 サムエル記第二2章で、ダビデは神にこう尋ねます。「私 続きを読む

投稿者:二子玉川聖書学院・パスターズスクール 投稿日時:1年2025年9月10日前
学舎長ブログ

第6回 サムエル記第二2章「ダビデのお礼に隠されたメッセージ」――聖書と現代リーダー論をつなぐ物語

 1. 何が起きたのか? サウル王が戦死し、イスラエルは混乱の中にありました。そんなとき、 続きを読む

投稿者:二子玉川聖書学院・パスターズスクール 投稿日時:1年2025年9月7日前
学舎長ブログ

第5回 サムエル記第二1章「ダビデとヨナタンの愛」をどう訳す?──翻訳と神学の舞台裏

皆さんは、聖書を読んでいて「えっ?」と驚くような箇所に出会ったことはありませんか?その一つが、サムエ 続きを読む

投稿者:二子玉川聖書学院・パスターズスクール 投稿日時:1年2025年9月4日前
学舎長ブログ

第4回 申命記的神学とエフタの誓願――歴史と信仰、二つのレンズで読む

1. まず、二つの「読み方」を区別しましょう 聖書を読むとき、学者たちは主に二つの視点を使 続きを読む

投稿者:二子玉川聖書学院・パスターズスクール 投稿日時:1年2025年8月29日前
学舎長ブログ

第3回 士師記10章の「耐えられない神」について

こんにちは、みんなの聖書学舎学院長の福井誠です。今回取り上げるのは、士師記10章16節に記された、非 続きを読む

投稿者:二子玉川聖書学院・パスターズスクール 投稿日時:1年2025年8月28日前
学舎長ブログ

第2回 士師記9章「石臼の上石」が語る神の裁き

1. どんな場面? こんにちは、みんなの聖書学舎学院長の福井誠です。今回は、聖書通読ブログの【第6シ 続きを読む

投稿者:二子玉川聖書学院・パスターズスクール 投稿日時:1年2025年8月27日前

投稿のページ送り

前へ 1 … 6 7 8 次へ
■Youtube パスターまことの聖書通読一日一生

 

神に出会う歩みは、日々の積み重ねです。神秘的な体験ではなく、まずは理性を働かせる体験です。つまり、毎日、静かに聖書に向かい合える時間を取って、神の語り掛けを受けるように読んでまいりましょう。

 読みながらわからないことがあれば、いつでも牧師にお尋ねください。牧師の導きを通して聖書の読みも、神の語り掛けについても深まりが出てきます。現在、聖書通読ブログは、第6サイクルに入っています。皆様の聖書通読が祝されますように祈ります。

  • 事務局お知らせ
  • 学舎長ブログ
  • 実践進学
  • 未分類
  • 組織神学
  • 聖書神学
Hestia、作成者: ThemeIsle